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Act.V『2月14日』
 

「今日ってさ、バレンタインなんだよね」

赤木が口にした言葉に街の様子を思い返せば『ああ 、どうりで騒がしい…』と、思わず言葉が漏れる。何百年も生きて来た市川にとってその行事は忘却しつつある物だった。

「という訳で…」

はい、という声と共に押し付けられた箱。それは包装すらされていないただの箱、軽く振ってみればカタカタと音を立てる。市川はつい受け取ってしまったが、中に入っている物の想像がつき溜息を落とす。

「悪いが…甘い食い物は嫌いなんでな」

そう突っ返そうとしたのだが赤木は『大丈夫だよ』と呟きくすりと笑う。
一体何が大丈夫だというのだろうか。まさか根拠もなしにほざいている訳ではあるまい…。

「市川さんがそう言うと思ってビターチョコ買ってきたから」
「ふん……そうか…」

成る程、確かに甘くはない。市川は納得し、そっと蓋を開け複数中に入っていたチョコレートの内の一つを手に取る。楕円形のそれはアーモンド程の大きさでつるつるとした表面をしていた。
口に含む。咥内の熱に溶けたそれは舌に広がり、甘味の一切混じらぬ苦さを脳に伝える。
味は悪くない…。

「苦いな」
「ビターだからね」

当たり前の事を言えば当たり前の事が返ってくる。咥内に溶けたチョコレートは苦味だけを残し形を消した。

「美味しいでしょ?」
「まあ…不味くはない」

市川が素直に美味いと口にする訳もなく捻くれた言葉が返る。その真意に気付いている赤木は微笑を浮かべるのだが…、それは直ぐに妖艶なモノに変わった。

「っ…」

突然の事。ぐらりと、一瞬意識が歪み、身体の中心がじわ…と熱くなる。
成る程、そういう事か……。

「手前…、盛りやがったな…」

クスクスと笑い声。それは事の肯定を表していた。

「ふふ…大丈夫だよ。軽いのだから…」

身体にするりと腕が絡み付き、付鎖骨に生暖かい感触。ああ、舐められているのか…。
その部位から全身へ、ぞわりと走る奇妙な寒気。

「あのさ…チョコと一緒に俺も食べない…?」

何て在り来り。それに語弊がある。食されるのは赤木ではない…市川だ。

「クク…喰らうのは手前だろ?」

『なぁ、赤木君』、その言葉に狐は目を細め鼻で笑う。そして肯定を口にした。

「まあ、そういう事…」

薬による快楽に促され喰われるのは癪だが……体内の熱は高まるばかりで抑える事が出来ない。
ならば…流されてしまうのも一興か…。

「…仕方ねぇ…喰ってやるよ…


手前ごとな…」

 

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