Act.2『気紛れ』
とある夜の事、狼男の市川は何故か化狐の子供に懐かれた。脅しをかけ、入り組んだ道を駆け、何度も撒こうとしたのだが結局、狐は市川の住み処へとついて来てしまった。
「此処がアンタの住み処?」
吐き出された溜息、それが市川の精神的な疲労からだという事は言うまでもない。森深くの小屋、それが彼の住み処である。
(全く……)
まさかこんな面倒事を抱え込むとは思ってもみなかった…。今日は間違いなく厄日だな、畜生が……。
「手前には関係のねぇ事だ…。さっさと出てけ…」
「結構広いんだね」
家の中を物色しながら狐は言った。市川は再度溜息を漏らす。
人の話を聞きやがらねぇ上に相手の都合を考えずに付き纏ってきやがるこのガキ…どうやって家から追い出すか……上がり込まれてしまったのはとんでもないミスだった。
「ここに一人なんだ…」
「お前さんさえいなけりゃ今頃酒でも飲んでゆったりしてるさ……」
「ふぅん」
嫌みさえ効果がない。
(何故だろうか…)
何か…とてつもなく嫌な予感がする…。
「あのさ」
その予感は、残念ながら的中してしまったのである。
「俺もここに住まわせてよ」
「……は?」
今コイツは何と言った…。『住まわせろ』…だと?……ふざけた事を言いやがる。そんなもの…儂が許可するとでも思ったのか…?
「何馬鹿げた事言ってんだ…儂はさっきから出て行けと言っているんだ…住まわせる訳がない……」
「…お願いします」
「今更敬語なんぞ使うな、気持ちが悪い」
チッ、と小さな舌打ちが静かな部屋に響く。
「何だよ…。こっちが頭下げて頼んでるってーのに…聞き分けがねぇじじいだな」
「聞き分けがねぇのは手前だろうが、クソガキ…。家主が出てけっつってんだ、出ていくのが筋ってもんだろう…?」
向かい合い睨み合う。市川の濁った瞳に狐が映る事はないが、殺気満ち溢れた彼等の様子に部屋の空気はピン…と張り詰めた。
「だって…行く所ないし…」
「何言ってんだ、住む所位あるだろう?」
市川は当然の事の様に言ったのだが彼から返ってきたのは否。『ない』との一言である。
「言ったじゃない…」
俺も一人ってさ…。狐は小さく笑い、視線を流す。
(全く…)
本当に面倒な奴に目を付けられた。三度目の溜息を吐こうとしたその時、不意に何かが身体に絡み付く。それを腕だと気付いた市川の鼓膜を震わせたのは甘い猫撫で声…。
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