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Act.1『出逢い』2
 

こんな闇夜に山奥まで入り込んでくる馬鹿なんてそうそういないだろう。つまりこれを解いても見るのは謎の少年のみという訳だ。

「お前が嗅ぎ付けた儂の正体……下らん物だが見せてやろうじゃないか…」

市川が振り返り一瞬空気が静まった。しかし、それは次の瞬間激しくざわめいて少年の鼓膜を貫く。

「うっ…ぁ…!」

耳を塞ぎたい衝動に駆られ、実行した。気に障られ舞った砂埃。それに隠れた市川のシルエットは砂埃が落ち着くにつれて段々と濃くなり、数秒後…その姿を鮮明に現した。

「……え?」

少年は思わず声を上げてしまう。それを聞き市川はクク…と喉を鳴らした。

「下らんだろう…。これが…町を騒がせる狼の正体さ…」

彼はニヤリと笑い鋭い犬歯を見せ付ける。少年を拍子抜けさせた姿、それは先程の姿に獣の耳と尾がくっついただけという、獣というよりは人に近い姿だった。
毛が濃くなったり、姿形が狼になったりを予想していた少年にとってこれは余りに物足りない結果である。だから、思わず確認を取ってしまったのだ。

「……それが、本来の姿…?」
「ああ…これが本来。噂の正体さ…」

そう告げた市川はふっと笑いサングラスの内で盲目を細める。そして柄にも無く己の身の上話をぽろりと漏らした。

「儂は母親が人間でな…。つまり狼男の血が薄いという訳だ……」

要するに狼男と人間のハーフという訳である。二人は互いに愛し合い子を身篭ったが男は仲間達に半場強引に連れ戻され、女は獣の耳尾を持った忌み子を産んだ事がばれ、理不尽に殺されてしまった。母の次に刃を向けられた忌み子が、人に抱いた感情は憎しみと殺意。
そして、激しい空腹感であった。

『お前等全員死んでしまえ』

そう吠えた後は覚えていない。気付いた時には死体の山に埋もれ、肉片を貪っていた。その際に人の血潮の温かさ、香り、味を知ったのである。どんなに母に愛されたのだとしても、本能はそれらを餌だと知っていたのだと思う。故に躊躇いがなかったのだ。そうに違いない。
後は殆ど一人だった。一度だけ、噂を耳にした同族に声を掛けられ群れに加わった事もあったが視力を失い足手纏いとなってからはそこを抜け一人で暮らしている。
彼には群れに入った所からを話した。すると、それは『へぇ』と声を漏らす。

「アンタも一人なんだ」

少年の言葉に思わず目を見開いた市川は数秒硬直した。

 

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