御萩。
「市川さんお萩頂戴」
何時もの様に勝手に上がり込んだ家。たまたま長机の上にお萩が乗った皿があったから手を伸ばした。でも、その手はジジイの手に叩かれて結局それに届かない。
「人の家の物を勝手に食うな」
「……ケチなジジイだな…」
「人をケチだの何だの言う前にお前は常識を学んで来い」
うんざり顔で今度は頭を小突いて来た。俺の事絶対見えてるだろ…、なんて馬鹿な事考えるのも仕方ないと思う。
「常識なんて人それぞれだよ」
「儂は世間一般のそれを学べと言っているんだ」
そう言ってジジイはお萩が置いてある皿を触った。
「これはお萩じゃない」
「え…?」
俺の疑問符を聞いて市川さんは溜息を吐いた。呆れているのは明らかだけど、これ位で傷付く程柔じゃない。
「じゃあ、何なの」
「牡丹餅だ」
ぽかんとした。お萩と牡丹餅の違いが分からない。大きさ? 餡? 何なんだろう。
「…同じ様な物じゃないの?」
「物は同じだが、これは季節によって呼び方が違う…。春が牡丹餅、秋がお萩…ついでとして加えるなら夏は夜船、冬は北窓だ」
小難しい事をぺらぺらと…大体、何で同じ物なのに4つも呼び方があるんだ。昔の人間の思考が理解出来ない。一つに統一すればいいじゃないか。
「何か…紛らわしい」
「昔はこういうのが風流だったり何だりしたのさ」
風流とか言ってる市川さんも苦笑してるからきっと俺と同じなんだ。昔の人間なんて理解していない。恐らく理解する気もないんじゃないか、この人。
「まあ、何でも良いや…市川さん、牡丹餅食べていい?」
「…好きにしろ」
意外とあっさり…。ああ、呼び方が気に入らなかっただけなのか。ったく…面倒臭ぇジジイだな。
「頂きます」
添えてあった箸を使って一口分を口に入れれば甘過ぎない上品な味が咥内に広がり消える。
ああ、市川さんが好きそうな味。
「市川さん」
「どうした」
「甘くて美味しい」
「そうか」
他愛のない会話。咥内に溶ける甘味。隣に居る想い人。こんな日常が限りなく幸福に感じる。
彼といられるのなら、暫く微温湯に浸かるのも悪くないかもしれない。
‥…―了
───
あとがき
彼岸中にアップするつもりだったのにやっぱり過ぎました。〆切りが守れない駄目人間です(^p^)←
お萩と牡丹餅の違いが分からない孫に博識なお爺ちゃんが色々教えてあげてたら可愛いな、というもうそうからの小説です…。何はともあれじじまごは美味しい<●><●>カッ
2010.3.27
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