ダメ男にチョコを。
「おい、開司」
人も疎らとなった放課後の廊下、名を呼ばれた男は振り返りその勢いに彼の長髪は舞い乱れる。一条は満足げに笑みを浮かべ開司へと平たい長方形の箱を差し出た。
「これ、やるよ」
突然の事に彼は目を瞬かせる。受け取ったには受け取ったのだが…一体これが何なのか、彼には見当が付かない。
「何これ?」
もしかしたらびっくり箱かもしれないなんて思い込みに益々箱が開けられなくなる。彼の問いを聞いた一条は真顔でずばりと答を返した。
「チョコ」
それには抑揚がなく、まさに当たり前だとも言いたげな声色。何故チョコを渡されたのか。疑問を抱き『何で』と問えば、呆れと不機嫌を明から様にしたような顔で見られる。当然心地の良い物ではない。
「昨日、何日だ?」
返って来たのは問いだった。昨日という日が関係あるという事なのだろう…。『昨日は…』と口にして漸く気付いた。
ああ…昨日は…―
「バレンタイン…」
その通り、と一条が笑む。すっかり失念していた。月日の流れに身を任せ過ぎて節分とか七夕とか…そういう年間行事をよく忘れる。…悪い癖だ。
「やっぱり忘れてたか…流石は負け犬だな」
「う、うるせぇ…!」
勝ち誇った表情に嫌でも苛立ちが募る…が、間違った事は言っていない為、言い返す事が出来ない。その様子に一条はくすりと笑って『悪い悪い』と謝罪を口にした。
(ふふ…全く……)
からかう為だけに吐いた言葉に本気で突っ掛かってくる…これだから開司は面白い…。
我ながら性格が悪いと思う…しかし、好きな奴を虐めたくなるのは仕方がない事なんじゃないかと…最近考え始めた。
反応が面白いんだ、仕方がない。
「まあ、有難く受け取っとけよ」
ふっと笑った彼は『そうそう』と思い出したように言葉を続けた。
「それ、俺の手作りだからな」
彼の言葉に開司は目を丸くする。
(手作り…?)
手作りって事はつまり…一条が俺の為に作ってくれたって事で…、えっと…つまり何だ…?
嬉しさと驚きでパニックになる。
明らかに様子がおかしい開司に一条は怪訝そうに首を傾げた。
「何だよ?」
文句でもあるのか、そう問う。男が作ったチョコなんて食えないとでも言われるのだろうか…。
ああ、想像して自分で傷付いた。
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