あの一瞬のキスを


「・・・んじゃ、ヒロシがオニなー!」
「10秒数えたらスタートだからなっ」

「わーったよ!さっさと逃げろ! いーち!」

「ギャハハッ逃げろー!!」


ヒロシが数え出すと同時に、俺らは校庭内であちらこちらに向かって走った。
・・・高校3年にもなって鬼ごっこではしゃいでいるのもどうかと思うが、寒い冬が終わり、心地よい春の気中、新学期が始まったばかりで浮かれているのだ。


「・・・きゅーう、じゅっ! うわっ皆どこまで走ってってんだよ!
くっそ、行くぞ、ヤロードモォォォ・・・!!」


10秒数え終えたヒロシは、遥か彼方に逃げていったクラスメイト達に向かって勢いよく走り出していった。

・・・しかし、確かヒロシはクラスで1,2を争う程、絶望的に足が遅かったハズだ。
鬼はしばらく彼のままかもしれないと俺は思った。

ぷぷっ それにしてもヒロシ、ノリノリだな。

対する俺はというと、スタート地点からすぐ近くの草むらに隠れてヒロシたちの様子をこっそり見て楽をしていた。
新クラスになって社交辞令で鬼ごっこに参加すると言ったが、俺は新学期早々、全力で走って疲れたくなかった。
人数も沢山いるし、俺が抜けてもまずバレまい。君達だけで大いに疲れてくれたまえ。

そういう訳で、鬼役のヒロシも遥か彼方に行ったのを見届けた俺は、立ち上がり近くの芝生のベンチに腰掛けた。

うーん、春の暖かい日差しと風を全身に感じて大変心地よい。
そんな時だった。

「おい、何一人で楽してんだよ」
「っ!!」

突然、後ろから声をかけられビックリした俺は急いで後ろに振り返った。


「・・・あ、あれ、神ちゃん。何?鬼ごっこは?」


俺に声をかけてきたのは、同じクラスの神田くん(通称神ちゃん)だった。
神ちゃんは片手にブリックパックのジュースを啜りながら俺の後ろに立ってニヤニヤしている。

彼は2年生まで茶髪に染めてチャラついていたが、3年生になってから黒髪に戻したばかりだ。
まぁ、凛々しく整った所謂イケメン顔の彼には、どちらの色でもよく似合っている。

美容院で染めたというまっすぐな黒髪は日の光を浴びて反射していて、とても綺麗だ。

・・・てか確か、神ちゃんも鬼ごっこに参加していたハズなんだけど、どうしてここに?


「俺は、高みの見物をきめこもう思ってな。佐倉も同じだろ?」
「えー、神ちゃんおじいさんみたい〜。俺は、こんな小春日和にわざわざ走って疲れたくないだけだよ〜」
「ぶはっ なんだよ、それじゃあ佐倉もじいさんだって」


えー、全然違うよ。俺はやる気のない若者なんだよ。
そう言い合って、俺らは互いに笑った。

どうやら神ちゃんも走りたくないらしい。
彼は学年の中でも運動神経がいい方なのに、こうして面倒くさがりなのが玉にきずである。
・・・まぁ、俺も似たような感じだから、よく気が合う。

そんな彼に、俺はベンチの半分を譲って、2人並んで座りなおした。

春の風も吹き、再び辺りに心地がいい穏やかな時間が流れた。
遠くの方で友たちの、はしゃいでいる声が聞こえる。

あーこのまま寝ちゃいそう。そう思った時、不意に神ちゃんが言った。


「なぁ佐倉。ジュース飲まねーか?」

「え、何なに?ジュースおごってくれんの」
「実はもう1本所持してる。よければ飲んでくれ」

そういって神ちゃんは、着ているカーディガンのポケットからもう1本ジュースを取り出し、俺の手に握らせた。
彼が渡してきたのは、彼がさっきから飲んでいるブリックパックのオレンジ味だった。

「・・・何で、もう1本持ってんの?」
「間違えて自販機でそれのボタン押した。俺その味嫌いなんだ」

勿体無い。
でも、くれるというので俺はありがたく頂くことにし、ストローをさして一口飲んだ。
うん、予想どうりの味だ。

「オレンジ味も美味しいじゃん。そっちの味とそんな違うの?」

俺は、すぐ隣にいる彼に自然と顔を向けて聞いた。
その瞬間、くい、と顎を持ち上げられた時には、もう目に神ちゃんの顔が近づいていて、俺は避けられなかった。


「っん・・・!?」

俺のくちびるが、神ちゃんのくちびるにふさがれた。彼のくちびるは、柔らかくて冷たくて・・・そして甘い。

彼は、俺からそっと離れて、今俺と重なっていたそれで一言。


「すっぱい。やっぱ、オレンジ味は飲みたく無いな」
「・・・はぁ!?」


その言葉に、呆然としていた俺の頭は一瞬で覚醒した。


「・・・ちょ、今の何!? ななな、なんでキスしたの?!」
「うっせーな。味を伝えようにも、俺のはもう飲み終わっちゃったんだよ」


なんじゃそりゃ。
意味が全然分からない。

彼は、飄々とつかみどころない表情でたんたんと答えている。
だけど・・・。

(神ちゃんの耳・・・メチャクチャ赤い)

こんなことされて、本来、俺は怒らなきゃいけないんだけど、・・・それどころか俺の口元は緩んで笑いそうになる。

嬉しくて。


「あの、神ちゃん・・・」
「なに?」


「・・・こんな一瞬じゃ、味なんて分からなかった」
「え」


俺は意を決して、言葉を続けた。

「・・・だから」


あの、一瞬のキスを 

もう一度。



【END】

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読んで頂いてありがとうございました。

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