君に想いを伝える日
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どうやら、俺はとある病にかかってしまったらしい。

それは昔から言われている不治の病。

医者に行っても治らない、らしい、病。

昔から人類を悩ませて、だけど、かかると幸せな病。

その病の名は、恋患い。


症状1 目眩

銀色の透明な光にも似た、冷たい空気が学校を包み込む。
遠くからブラスバンド部の練習の音が聞こえて、だけど、俺たちの回りは音がなくて。
放課後は明るいような暗いような、なんだか不思議な世界だ。

しかし、その世界を共有する唯一の相手タケルは、ひたすらに、黙々と。一切の愛嬌なく、むしろ殺気すら漂わせて。

補習課題のプリントに向かっていた。

まあ…俺もしなきゃ………なんだけど。やりたくないんだなぁ、これが。

適当に流してる俺とは逆に、茶色のクセっ毛が逆立ちそうなほどの鬼気迫る勢いで、ペンを走らせている。
ガリガリと乱暴に動かしていた手をふと止め、顔を上げた。

「……なぁ、これって5xを式に入れたらいんだよな?それで、こっちに8入れんの?」

プリントをシャーペンで指しながら、首を傾げて尋ねられる。
俺の答えはもちろん。

「……さあ?知らね」

知ってたらそもそも定期テストで、赤点取らないし。

真顔で首を傾げ返して答えた俺に、タケルは思い切り眉をしかめる。

ボソリと一言。

「………役立たず…」

「おーい、失礼だぞー?きみ、俺より点数低かっただろー?」

額に軽くデコピンしてやった。
驚いたように、タケルが目を大きくする。

「……お前なぁ。三点差って差に入る?」

「入る」

額をさすりながら言うタケルに、自信満々に答えた。

ちなみにテストの点数は、俺が15点、タケルが12点。

この3点差はでかい。
全力で主張するぞ、俺は。

その主張に呆れた目をしたタケルはプリントに視線を戻し、またシャーペンを動かしだす。
相手をされなくなった俺も、仕方なく視線を落とした。

また二人の間にあるのは、不思議な冬の世界。
なんだか、ここは居心地いい。
穏やかで、優しい。

そうして、どのくらい時間がたったのか。
「……なあ、キミヤ」

「んー?」

タケルの小さな声に、ペンを走らせながら答える。
けれど、返事がない。

(……?)

手を止めて顔をあげると、タケルはまだ俯いたままで、でも、シャーペンは止まっていた。

「どした?」

タケルの顔が、なんだか泣きそうに幼く見える。
その体が強張っているのがわかった。

急に空気がピンと張り詰めて、思わず俺も体を固くする。


「……オレ、お前のこと、好き」


それは、切れ切れの告白だった。

「すげぇ、好き」

小さく繰り返す。

『冗談だろー』

そう反射的に笑い飛ばそうとして、飛ばしてはいけないことに気づく。

緊張した顔、固まった体、震えて掠れた声。
全部がタケルの本気をつたえてきたから。


瞬間、頭が真っ白になった。

クラスメイトが、友達が、タケルが。
この穏やかな世界を、共有していた相手が。

俺を好きだと言っている。
その意味が掴めない。

どうしよう?どうしたらいい?
俺は、今、なにをしたらいい?

難しすぎて、わからない。
教科書に答えがあればいいのに。
そしたら、一生懸命勉強するのに。



頭がクラクラして、目が回りそう。

だけど、何故だか、タケルから目が離せない。

タケルの耳が赤いことに気付いた。

(…真っ赤っか)

その耳たぶが、やけに可愛いなんて。
きっと、混乱して目が回ったせいで沸き起こった錯覚だ。症状2 動悸

「……なーんてな!」

どのくらいの時間がたったのか、わからなくなった頃、タケルの不自然なほど明るい声が教室に響いた。

「……タケル?」

驚いて名を呼ぶと、タケルはからかうように片目を瞑って見せた。

「驚いただろ?」

笑いながら言う、その表情がぎこちなく見えたのは、気のせいだろうか。

なにも言えずにいる俺に、タケルの頬から笑顔が消える。

「ちょ……キミヤ本気にした、とか?」

「……うん、まあ」

小さく頷くと、額に手を当てて深くため息をつく。

「……あんなの冗談だから。ジョーダン!」

冗談……?
強ばった顔、震えた声。
あの、真っ赤な耳たぶも…?

ホントに?嘘?

嘘?
……ウソ。

「……そっか、そりゃそうだよな!あー、ビックリしたー。変なこと言うなよー」

白々しいほどでかい声に自分で驚く。
その俺の言葉に、少しだけ傷ついたような、ホッとしたようなタケルの目。

気付いてしまった俺の馬鹿。

「……びっくりしたのはこっちだよ。本気にされたらスッゲ困るし」

…キン。

ズキン。

なぜか、心臓が波立った。

「だってお前馬鹿だしー、課題も真面目にやんないしー」

ズキン。

ズキン。

「何より男だし。……好きにならないって」

……あれ?
おかしい、おかしいぞ、俺。

タケルが喋れば喋るほど、俺の心臓が壊れたように暴れ始めた。

あの告白がただの冗談だってことになれば、俺はタケルとこのまま友達をやっていける。
その方がいいに決まっている、はず。

なのに。
心臓が軋むよう、圧迫される。
痛い。

どうしよう。
俺、今、タケルの言葉に傷ついてる。


症状3 頭痛

あれから一週間。

結局、俺とタケルはなにも変わっていない。
タケルはアレを冗談として通し、俺もそれに頷いた。
そして、何ごともなかったように、今日も友達をしてる。

前と何も変わらない日々。

(……違う。変わった)

少なくとも、俺は。

タケルを意識して、意識して、意識して。
気付いたら目で追っているのだ。

笑っていたら楽しくなって、真面目な顔をしていたらなんだかドキッとして、俺を見てたら嬉しくて堪らない。嬉しいのに、目を逸らしたくなる。

だけど、それは俺に対してだった場合の話。

自分の席で、友人と話しているタケルをチラリと見た。

えらく楽しそうに、笑い声を上げている。

(俺のこと、好きっていったくせに)

なんで他の奴の名前読んで、笑顔を見せてるんだよ。
顔、クシャクシャにしてさぁ。
そんな顔、俺にだけ見せてほしいんですが。

なあ、俺の傍にいてよ。

そこまで考えて頭を抱えた。

俺、嫉妬してる。
他の奴と笑ってるアイツを見ただけで、なんだか胸が騒ぐ。
タケルを独り占めしたい、なんて思ってる。

今さら、なに考えてるんだろう。
タケルに言われたように、やっぱり俺って馬鹿なんだ。

馬鹿すぎて頭が痛い。

でも、馬鹿だったとしても、もう認めたほうが良いのかもしれない。

俺。
タケルのこと……。


症状4 微熱

気付かれないように、チラリとやったはずの視線。
なのに、まるで視線に磁石でもあるように、タケルの顔がこちらに向いた。
アイツの唇が少しだけ綻ぶ。

うわ。
俺、ありえない。

さっきまで、やきもち妬いてどうしようもなかった。はず。
けれど、視線があっただけで、淡く微笑まれただけで。

こんなにも嬉しい。

心が熱を持って、泣きたくなっちゃう。

幸せ。

タケルが好き、かも。
ううん、好き。

素直に優しく、そう思った。

ちょいちょいと、タケルの掌が俺を呼ぶ。

だけど素直に行ったんじゃ、面白くない。
ニッコリ笑い返して、そっちがこっちにおいでと手を縦に振ってみる。

すると、タケルの顔が一瞬呆気に取られ、渋々といった風に立ち上がって俺のところに来た。

「なに?」

「なにって、こっちこそナニカって感じ?先に呼んだのはそちらよ?」

からかう口調で言ってみると、タケルの耳がほんのりと赤くなった。

タケルの耳は正直者だ。やっぱ、かわい。

「……別に、用はないけど…」

「あそ?んじゃ、俺のご用。今、メール送るから。読んで」

「はあ?……口で言えば?」

パッと顔をあげたタケルの顔の訝しげな声に構わず、ブレザーのポケットから携帯をだして、メール画面を開く。

送信。
よし、完了。

するとすぐ近くから、軽やかな着信音。

訝しげな顔をしたまま、携帯を取りだしてメールを確認するタケルの手がピタリと止まる。

……意味、わかるよな?
わからなかったら、説明がすげぇ恥ずかしいんだけど……。

俺が送ったメール。
精一杯のアピール。

『冗談は冗談、とか言ったりして』


あー……顔が熱い。

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あきゅろす。
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