独り歩きする恋心
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すぐ近くのアパートへ、母親に渡された惣菜を持って訪ねる。その頻度はまちまちだけど、もう何度目か分からないくらい数を重ねた。
少なくとも俺の用じゃない。だから何度訪ねても俺が迷惑がられることはない、はず。
ため息をつく。
いつからだろう。
素直に「会いたい」だけで行動できなくなったのは。
顔を見るだけで勝手に頬がゆるむようになったのは。
心臓が早鐘を打つようになったのは。
いつからだっただろう。
「ミツ」
「こんばんは。これ、いつもの」
玄関から覗いた顔から、意図的に視線を逸らして母から預かったタッパーをみせる。
「おお、さんきゅ。上がってくだろ?」
「…ん。お邪魔します」
渡したタッパーの中身を確認し「お、コロッケだ」と喜ぶシンくんのあとに続いて、彼の部屋に入る。
顔を真っ直ぐ見ることはできないのに、ふたりで過ごす時間はほしい。自分でも矛盾していると思う。
でも考えるより先にそう動いてしまうんだから、俺にだってどうすることもできない。
シンくんは俺より4つ上のイトコ。去年から大学に通うために、うちの近くのアパートで一人暮らしをしている。
兄弟のいない俺に昔から仲よくしてくれたシンくん。母親のお使いでここに通ううちに、彼が特別になった。そうなるまで、それほど時間はかからなかった。
シンくんの用意してくれた麦茶を飲みながら、いつもみたいにたわいもない雑談をする。
でも今日はいつもと違う。どうしても訊きたいことのために、話題が途切れたのを見計らって口を開く。
「…シンくん、彼女つくらないの」
「なに、突然」
「ここんとこいつ来ても留守じゃないし、遊びに来てる人もいないから」
(前はそんなことなかったのに)
平然を装って、切り出した。ずっと気になっていたこと。でもなかなか訊けなかったこと。
「ふぅん?ミツも色気付いてきたんだ。まだ中学生のくせに」
「中学生じゃないよ!今年から高校生!」
「あれ、そうだっけ」
ごめんごめんと笑う彼に表面では怒ったふりをしながら、痛む胸を押さえる。
悲しい。
シンくんは俺の歳を覚えていない。俺に興味がないからだ。
傷つきたくないのに、胸が詰まって言葉がでない。
「まぁ彼女がいなくてもおいしいご飯は食べられるし、可愛い子は会いに来てくれるし?」
「な、んだよ、それ…っ」
「いやー、いつも感謝してるよってこと」
ぐしゃぐしゃと乱暴に頭を撫でられる。
可愛いは全く嬉しくないけど、撫でてくれる手のひらは嬉しい。
こういうときどんな反応を返すのが正解なのか、俺を支配するこの気持ちは心臓の鼓動を速めるだけで、その答えを教えてくれることはない。
考えるより先に行動させるくせに。
まるで自分のなかに全く違うわがままな何かが住んでいて、そいつが勝手に動き回っているかのようだ。
「ミツ、暗くなってきた。そろそろ帰りな」
「あ、うん…」
質問の答えはもらえなかったけど、母親の差し入れも会いに来る俺も迷惑じゃないみたいだから、それが分かっただけで収穫だ。
「お邪魔しました」
「いえいえ。おばさんにお礼言っておいて」
「うん…、シンくん」
「ん?」
「…またね」
いつもは言わない言葉。お使いのため仕方なくここに来ているふりをしていたから。
「おー、またなっ」
爽快に笑う彼を見ることができたから、もう少しならこの気持ちを野放しにするのも悪くないかもしれない。
そう思ったら自然と足取りが軽くなった。
END
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