一番後ろの怖い人

窓側一番後ろの席は、いつしか田辺の指定席となっていた。
田辺とは、眉間にしわを寄せた鋭い目付きの、所謂不良と呼ばれる人種の一人だ。
皆仲良くするようにがモットーの担任の気まぐれで始まった頻繁な席替えで、けれど登校も不定期であり、噂もさることながら喧嘩に明け暮れているのは事実らしい田辺の席は、いつの間にか固定されていた。
いつ田辺がきても席を迷わないようにという配慮だったのだろうが、その周囲の席を運悪く引き当てた生徒にして見れば、たまったものではない。
事実、右隣りと前の席は、机一個分、間が開けられていた。
「…はあ、」
久木は、こっそりと溜め息を吐く。
今日は、席替えの日なのだが、しかしそんな日だと言うのに、何故か久木の後ろ、固定された田辺の席に、田辺本人が座っているのだ。
席替えの期間は短く、田辺の席周辺になったとしても、田辺に会わずに次の席替えになることも少なくない。久木も漏れなくその一人になろうとしていたはずだったのに。
(俺、なにかしたっけ…?)
神様の意地悪か。と、信じもしない神に悪態を吐いてみる。
しかしそれで現状は変わるはずもなく、僅かにクラスの中に緊張が走る中、一体担任はどうする気なのだろうかと、間もなく席替えを始めると言う時間に、教壇に立った担任は、クラスを見回し、そうして田辺を目に止めると、にっかと笑った。
「よぉっし!今回は田辺もいるし、ちゃんとクラス全員で席替えできるな!」
その言葉に、クラス全体から「ええっ?」と、批難めいた声が上った。
勿論、久木も思わず声を上げていたのだが、上げた途端、しまったと思いチラッと後ろの田辺を確認してしまう。
──と。
(え…?)
久木は思わず顔を戻し、それからまたそっと、田辺を窺った。
やはり、田辺はどこかふて腐れたような、傷付いたような、そうしてそれらを隠すように眉間にしわを寄せ、それでも隠しきれない感情が顔に出ているという、なんともらしくない顔をしていたものだから、久木はびっくりしてしまった。
(田辺…が、傷付いてる?)
そんなまさか。
そう思いながらも、しかし自分の目ははっきりとそんな田辺を確認してしまったのだから事実なのだろう。
(う…わ、)
案外子供っぽいというのか、それとも年相応といえばいいのか。
意外な田辺の一面に、久木は自分の口角が上がっていくのを必死で抑えた。
笑いたくなった、と言うのもあったが、それと同じくらい、可愛いなどと思ってしまったのだ。
「なんだなんだー、今のええっ?はー」
担任がクラスを諌める中、田辺が小さく舌打ちする。
(あ、なんか教室出て行かれそ…)
田辺の空気を察した久木は、よし。と心の中で覚悟を決めると、はいっ!と手を上げた。
「お、どうした久木?」
担任の声に、久木は席を立つと、言ったのだ。
「なんか田辺具合悪そうなんで、保健室連れてきます。なんで、俺と田辺の席、このままでいっスか?」
言った途端、クラス中の空気が固まるのを、久木は感じた。後ろでは、田辺が信じられないと自分を凝視しているのもわかる。
しかし久木は意見を変えるつもりはなかった。
「そうか。じゃ仕方ないな。行ってこい」
教師もなんだかんだで、田辺の立ち位置や生徒の気持ちをわかっていたのだろう。あっさりと承諾を得られた久木は、驚いた顔をして自分を見ていた田辺に笑って、
「じゃあ行くかっ」
その腕を掴んだ。
「っ?ちょ、お前…!!」
慌てる田辺の声など聞こえない振りをして、教室を出る。
授業中の静かな廊下に出たところで、田辺は抵抗するのをやめた。
諦めたのだろうかと久木が振り返れば、顔を真っ赤にしてどうしたらいいかわからないと顔に書いている田辺を見て、久木は田辺に声をかけた。
「このままさ、サボッちゃおーか?」
「はぁ…っ?」
一番後ろの怖い人は、久木の中には、もうどこにもいなかった。




【終】


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