友達にヤキモチします

「あのさ。鈴(りん)は、俺と智重(ともえ)、どっちが大事なわけ?」
「そんなの智重に決まってるだろ、バカ」


「バカはお前だよ、馬鹿」


ため息一つと、げんこつ一つ。頭に落とされたのは、もう一週間も前の出来事だ。それっきり、俺を一番大切にしてくれる人は口もきいてくれなくなった。





「それは、サチが怒っても仕方ないかもね」

だって鈴太朗、馬鹿だし。と、他校の制服を身にまとった智重が気だるげに言う。
中学時代に軽くウェーブのかかっていた赤髪は、今は短髪になってすっきりして、変わらない赤色は、まだ真新しいブレザーに意外なほどよく似合ってかっこいい。男子校にいるのがもったいないくらいに。ファストフード店のジュースをストローですする、その姿でさえも様になる。

「何、俺に見惚れてる?」

うん。

「かっこいいと思う」
「……冗談に本気で返される俺の気持ち、分かる? 今ね、すごい複雑」

はあ、とため息を吐かれて、数日前の光景がびっくりするほど一瞬に蘇る。


――バカはお前だよ、馬鹿。


自分でも、ちゃんと分かっていた。
自分が馬鹿なこと。馬鹿なことをしたってこと。
智重よりも、何よりも大事だと思ってるのは誰なのか、ってことも。

「そんなんだからサチが妬くんだよ。お前の恋人は誰よ? って話なの」

頭に浮かぶのは、いつも自信に満ちた表情をした、どこまでも自由な男。出会った頃よりも長くなった金髪はきらきらしていて、ライオンみたいだと俺は思う。
強い、ライオン。

だけど、強いだけじゃなくて、なんていうか優しい。分かりやすい優しさではなくて、不器用に、でもドロドロに俺を甘やかす。
「それは、鈴太朗があいつにとって特別だからだよ」って、智重は言う。「他人を気遣って、あんなに悩んだり一生懸命になるサチは初めてだ」って。

だから、なのかもしれない。
自分に向けられる想いの大きさに胸がきゅっと縮んで、逃げたくなる。自分が、同じだけのものを返してあげられる自信がないから。
そのくせ、離れたくない、離れてほしくないって思う。本当は、そばにいてくれることが泣きたくなるくらいに嬉しいから。

結果、もらえるだけの優しさに浸っておきながら、素直になれずにそっけない態度。
最低な自分のできあがり。


ため息一つと、げんこつ一つ。

離れていく直前に見えた相手の表情は、呆れでも怒りでもなかった。ただ、寂しそうに見えた。


「そんなに考えなくてもいいんじゃない」

この一週間囚われ続けた思考にまた、いつの間にか捕まる。そこから引っ張り出してくれたのは、気だるげな声だった。

「たぶん、サチも後悔してるよ。長引いてダメージ受けてんのは、十中八九あいつの方」


俺との喧嘩は日常みたいなもんだし、放っとけば元通りだからいいけど。微かに口の端を上げながら智重は言う。

「鈴太朗は違うから。大事にしすぎて、分かんないんだよ。しかも自分から突き放しといて、ってさ」

だから、鈴太朗からいってやりなよ。後悔してんのがお互い様なら。

緑色の液体に浸かったストローをぐるぐる回す、不真面目な動作とは逆に、言葉はとても真面目で。頭に、心に、すっと届く。

そう、だから俺は智重に会いに来た。
「サチ」と俺を理解してくれる、二人の唯一共通の友だちだから。

「これからずっと素直になれ、なんて言わない。とりあえず今回だけ、何も考えずに行動すればいいんじゃない」

そう、だから智重に会うのに1週間もかかった。

「ごめんね、智重」
「……今の俺の話、聞いてた?」
「聞いてた。自分から、会いに行く」

決めた。
会いに行くことも、たった今伝えるべきことを伝えることも。
目の前の呆れ顔を見ながら、小さく息を吸って言葉を吐き出す。

「ほんとに、ありがと。智重なら後押ししてくれるって思ってた」

思ってたんじゃない。分かってた。

「でも、なかなか連絡できなかった」
「なんで」


「俺よりも、理解してるから。俺よりも、二人が近い場所にいるから」


何年も一緒にいる二人と、まだ浅い付き合いの俺じゃあ、比べても仕方ないことだけど。


「ヤキモチやいてたのは、俺の方なんだよ」

そう言う俺を、目を見開いて見つめる赤髪の美男子。

「智重って、びっくりした顔もかっこいいね」
「かなり複雑だよ、お兄さんは」

早く行ってきな、と背中を押された。




「無茶して出てきてんじゃねえよ。お前は我慢しまくって結局最後は青い顔してぶっ倒れんだから。それに」


どうしてかな、と考える。

午前中は学校をさぼり、学生に優しいハンバーガー店で相談にのってもらっていた。智重が「朝は嫌、放課後は用事ある、昼前なら話を聞いてあげてもいい」と言ったから。
それから、逃げないと決めた気持ちのまま、昼休憩中の学校に登校して。
必然みたいな偶然で、会いたかった人に会えた。そこまではよかった。

無理やり連れてこられた屋上で、無理やり座らされ、唐突に説教を受けることになるまでは。


「中学んときだって転校してきた初日からフラフラしてるし迷惑すんのはこっちなんだよ。体は弱いくせに気は強いし」

気が強くて悪かったな。

説教なのか、不満を言いたいだけなのか。ただ、たしかにあったはずの一週間の距離は、もうなくなっていた。

「強情で俺の言うことなんて聞きやしねえし。そのくせ智重の言葉は素直に受け入れるし」

もう物理的な距離はない。
けど。


「俺より智重が大事とか……バカ、言うし」

まだ、元通りではない。
たった数秒の言葉が、心に傷を残して、縛りつける。

「なんでお前と居んのか自分でも分かんねえよ。こんなにイライラすんのに」

ひどい言われようだと思うけど、これがきっと本心なんだ。俺が素直になれない時間の分だけ、ずっと我慢させてきたから。
まともに「好き」とも言えない。口を開けば天の邪鬼になる。
こんな自分が、自分でも嫌いだ。

なのに、言う。


「イライラ……するけど、好きなんだよ」


好き、って言う。

「どうしようもねえよ。お前、一人だと動けなくなるだろ。泣く、だろ。そんなの知ったら泣かせたくねえし、そばにいてやりてえって思うんだよ。一人にさせたくねえんだよ」

だから、お前を一人にさせた自分が、今一番許せなくて、一番腹が立つ。そう言って、座った状態のまま俺を抱きしめた。

ひとりごとみたいに、ぽつぽつ言葉が降ってくる。


泣いてなかったかよ。

痩せてる、よな。飯くらい、一人でも食べられるようになれよ、バカ。

いや、弱ってるお前を、屋上まで上がらせる俺の方が馬鹿か。


階段を上るとき、足を進める速度は決して早くなかった。痛いくらいに強くぎゅっと腕を掴むくせに、心配そうに自分の後ろをうかがっていた。何度も何度も。

それでも屋上を選んだのは、きっと俺のせい。


気持ちいい風。青くて広い空。
好きだった。楽だった。
でも、ひとりで過ごすのは空しくて。
少し、寂しかった。


――屋上にいるときが、一番楽だから。


――いいけど、一人で来るなよ。お前が一人の方がいいって言っても、聞いてやらねえから。


俺の気持ちが分かっていたのか。
分かって言っていたかどうか、分かって行動していたかどうかなんて、どっちでもよかった。
ただ、俺にとって、むずむずするほど優しい存在だってことは、たしかだった。


今だって、そう。


だから。


「好きだよ、幸生(さちお)」


この優しい人のいる、優しい場所で。
少しだけ素直になりたい、と思うんだ。





end





(あとがき)
裏設定を考えすぎて、内容のまとまらない作品になってしまいました。
でも、楽しく描かせていだたきました(*^_^*)
ここまで読んでくださった方、ありがとうございます。


*master*冬生まれの青色


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あきゅろす。
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