ツン全開

紆余曲折した後、どうしてこうなったのか今でも不思議に思うけれど俺とアイツは恋人になった。
初めはアイツが俺の幼馴染と付き合いたくて、ほぼ脅迫される形で協力させられていたのに……本当に不思議なもんだ。
けど今の俺はちゃんとアイツ――筧灰音のことが好きだし、アイツも俺と居る時は笑うことが多い。
困ることもないし……あ、一つだけ。
たまに学年が違うことに対して文句言ってこられることくらいか。
アイツは俺に留年しろって言うのか。
……でも、まぁ。

(これって今幸せってことなんだろうな)

朝、目が覚めて思ったのはそんなことだった。


「……よし、起きるか」


グッと背伸びをして眠気を飛ばすと、俺はベッドから離れて制服を手に取った。








「あ」


あと数メートルで学校に着くという所でアイツを見つけた。
目につく金髪とダルそうに歩く背中を見ただけで気分が上がっていく。
そんな自分に少し呆れながらも歩くペースを速める。
手を伸ばせば届く位置まで追いつくと、肩に触れようと手を伸ばした。


「はよ、灰音」

「あ゛?」

「……」


ポーズをそのままに固まる。
今この人……いや気のせいだ。 うん、気のせい。
さっきの反応を華麗にスル―して再度挨拶をした。


「おはよう灰音。 今日は早いんだな」

「……まぁな」

「(良かったいつもの灰音だ) すぐそこまでだけど一緒に行こうぜ」

「なんでアンタと行かなきゃいけねぇんだよ」

「……え?」


灰音の言葉に再び身体が固まる。
"何の冗談?"と言ってやりたいのに衝撃が強過ぎて口が思うように動かない。
そうこうしている内に、灰音は小さく舌打ちをすると背を向けて一人先に行ってしまった。
固まったままそれを見送る俺。
数十秒経ってようやく口から出てきたのは


「……なんで?」


という自分の間抜けな声だった。
……アイツ、無闇に舌打ちするなってあれだけ注意したのに。

(ってそうじゃないそうじゃない)

なんでだ。 昨日俺の家に寄った時はあんなんじゃなかった。帰る時も"また明日"って言ってたし……本当になんで?
立ち尽くしていると背後からポンと友達の葉月に肩を叩かれた。


「おはよー伸、今日の体育ダブルドッジだな。 お互い生き抜こうぜ! ……ってアレ?」

「……葉月」

「伸晃!? え、何があったんだよ! すっごく沈んだオーラが見えるんだけど!?」

「……葉月」

「うん何!? どした!?」

「……灰音の機嫌が凄く悪いんだ」

「……」


そう言った途端葉月が静かになった。
葉月は灰音が怖いらしく、何度も会っているのに一向にビビりが治らない。
真っ白になって固まる親友にため息を吐きながら腕を掴み、ズルズルと引き摺って学校に向かう。
葉月の意識が戻ったのは教室に入ってすぐ。 頭を軽く叩いて意識を戻した。


「……ハッ! 教室!? え、瞬間移動した俺!?」

「アホか。 俺が引っ張ってきたんだよ」

「伸! あれ、でもなんで引っ張られてたんだ?」

「もうその話題は良いよ(また固まられても困る)」

「え、でも」

「気にするな。 それより体育頑張ろうぜ」
「おうともよ! 絶対逃げ切ってみせる!」

「逃げ切って残り一人になったら悲惨だけどな」

「そうならないよう祈るだけだ」


胸を張って言う葉月に苦笑いしてから目を伏せる。
頭に浮かぶのはさっき突き放したアイツの姿。

(どうしたもんかなー)

久しぶりにあんな態度をされてビビることはないけど、胸に少しきた。
だからって泣くことはしないけど、灰音に何かあったのは事実だ。
俺が原因かと考えるも思いつかない。
……いや、もしかしたら原因なんかなくて単に機嫌が悪いだけなのかも。

(だったらなんて傍迷惑な奴……)

でもそれだったら良いのにと思った。
けど願望は違ったらしい。






体育の授業中、早々に外野に出た俺と葉月が肩を組んで応援していると思い切り灰音に睨まれ。(というかなんでお前がいる。 授業どうした)

昼休み、売店に行こうとする灰音に自分も飲み物を買おうとついて行こうとしたら眉間に皺を寄せて"ついて来るな!"と言われ。

休み時間に会いに来てくれたと思ったら、これもまた眉間に皺を寄せて"葉月に会いに来たんだっての!"と言われ。(それを聞いた葉月は椅子から落ちた)

そして今、掃除時間にゴミ捨て場で鉢合わせし何故か苛立ったような顔をして舌打ちされた。


そのまま何も言わずに去ったアイツにぶるぶるとゴミ箱を持つ手が震える。
だから舌打ちすんなって何度も言ったってのに…………それに。


「舌打ちしたいのはコッチだあの野郎ーーーー!」


怒りのままに焼却炉にゴミを流し込んだ。
そして空になったゴミ箱を地面に叩きつけるようにして置いて何度も荒く息を吐く。
……ヤバい。 叫んで変に喉痛めた。
はぁはぁと息を整えていると、後ろから笑いを堪える声が聞こえてきた。
聞き覚えのある声に厄介な人に見られたと眉を寄せる。
勿論背を向けているから向こうが気付くことはないが。


「随分ご立腹のようだね、桧山」

「……なんで先輩がここにいるんですか」


楽しそうな声音に振り向きたくなくなり、そのまま愛想のない声で問いかける。
灰音と付き合うことが出来たのはこの人のお陰だし、やりとりも嫌いじゃないけど今は勘弁して欲しかった。
けど先輩は俺の様子を気にせずに近づいて来る足を止めない。


「ここに来る理由なんて一つしかないだろう?」

「先輩の場合、ゴミ捨て以外にも理由がありそうですけど」

「おや、本当に機嫌悪いね。 まぁ確かに僕がここにいる理由はゴミ捨てじゃないんだけど」

「……もしかして、何か知ってるんですか?」


この人なら誰も知らない事情を知っていてもおかしくないと思わず勘ぐってしまう。
振り向いてジッと見つめると、先輩は楽しそうにしていた表情を苦笑いに変えた。


「必死な桧山に教えてあげたいのは山々だけれど、僕は何も知らないよ。 今もどうして君がそんなに怒っているのか分らない」

「……すみません。 先輩に八つ当たりして」

「いいよ。 ……僕もちょっと空気読めてなかったしね」


笑って許す先輩に、漸く身体の力が抜けた。
同じように笑えたか分らないけど笑い返してゴミ箱を持ち上げる。


「それじゃ、俺行きます」

「あ、ちょっと待って」

「? あぁ、もしかして用事って俺にですか?」

「うん。 ここに居るって聞いてね。 前に渡したアレの感想を聞こうかと思って」

「アレ……?」

「ほら、恋愛シュミレーションゲームだよ」

「……………あぁ、アレですか」


先月の休みに先輩が他校の友達を連れて遊びに来たのを思い出す。
その友達が少し変わり者で、男同士の恋愛を見るのが大好きらしく"実際とどう違うのか教えて欲しい"とBLゲームを数本渡してきたんだった。
笑顔の迫力につい受け取ってしまったけど、一回起動しただけで最後までやっていない。

(だってアレに出てくるキャラは全員……)


「桧山?」

「! すみません。 まだ終わってないんですよ、アレ」

「そうか……もしかしてああゆうのは苦手?」

「あー、まぁ。 灰音にも昨日ソフトを見られて一瞬気まずくなりま……し……」

「桧山?」

「あれか!!」

「え? あ、桧山!?」

「すみません先輩! その話はまた後で!」


先輩に頭を下げてゴミ箱片手に全力で走り出す。
一年の教室を目指しながら"でも"と閃きを否定した。

(気まずくはなったけど、あの時"どんなゲームしようが気にしない"って言っていたよな)

灰音のクラスの前で立ち止まる。
まぁ良い。 こうなったらどのみち本人に聞くしかない。
ガラリと扉を開けて中をのぞくともう掃除は終わっているようで、灰音は席にいた。
軽く溜息を吐いて近づくと、灰音に鋭い目で睨まれる。
でもどうやら俺だとは思わなかったらしく、すぐにその目は大きくなった。


「……伸晃」

「話があるからついて来て」

「……俺に用はねぇよ!」


灰音の大声に教室にいる生徒がビクついて黙り込んだ。
一気に無音になった教室を一瞥してから灰音に視線を戻す。


「俺にはある。 行くぞ」

「……」


無言のまま見つめ合う(と言いたいところだが実際は睨み合っている)こと数秒。
俺が引かないことを悟った灰音が大きな音を立てて席を立った。


「……どこに行くんだよ」

「案内するからとりあえず行くぞ」


野次馬が来られても困るからそう言うと、俺達は足早に教室を出て行った。








伸び放題の草と木の枝。
花壇なのに花が一本もなく、代わりに雑草が占拠していて誰の手も入っていないのがすぐに分かる。
――やって来たのは寂れた中庭だ。

今まで無言で歩いていた俺は、息苦しさを感じながらも高さのある花壇の縁に腰掛ける。
そこは中庭によく来ていた頃の定位置で、その一人分空けた隣が灰音の場所だった。
同じように定位置に座った灰音は口を噤んだままこっちを見ない。
暫くそのままの状態が続いて、いつまで経っても変わりそうにない状況に漸く俺は切り出すことにした。


「どうしたんだよ一体」

「何が」

「今日ずっと変だった……っていうか、機嫌悪いだろ」

「は……?」

「俺、何かしたか?」


振り向いてポカンとする灰音を見て少し胸が重くなる。
"お前気づいてないのか"と言われたような気がしたからだ。
それに反応するってことは、やっぱり俺が原因なんだよな……。


「朝から考えてたけど全然思い浮かばなくて……態度じゃなくてちゃんと言って欲しいんだ、機嫌が悪い理由」

「は? ちょっ」

「そりゃ自分で気づけって話だけど、どう考えても浮かばないんだよ」

「いや、だからちょっと待て! 俺の話を聞け!」


両肩を掴まれた衝撃で口を閉じる。
灰音は何故か変な顔をしていた。


「灰音?」

「機嫌悪いって何だよ。 お前こういうの好きなんだろ?」

「……え?」


お前こういうの好きなんだろ?
お前こういうの好きなんだろ?
お前こういうの………


「……はああああぁっ!? 好きなワケないだろ! 俺はMじゃねーぞ!」

「Mだ? 何の話だよ」

「冷たくされて喜ぶなんてMじゃないか!」


あまりの衝撃発言にこめかみがピクピクしてきたんだけど!?
肩を掴む灰音の腕をギュッと握って全力で否定する。
っていうかなんで俺がそんな危ない人だと思われてんだよ?!
ワケが分からなくて混乱していると、灰音が眉をハの字にして視線を斜めに逸らした。


「……昨日」

「?」

「昨日、お前の部屋でゲームあったじゃん」

「あ、あぁ……。 でもあれは先輩の友達が押し付けてきたようなもんって言ったよな?」

「聞いたけど、でもアレだけゲーム機に入れてただろ? 『ツンデレハーレム』」


『ツンデレハーレム』
一応しないといけないかなと思って適当に入れたゲームソフト名で、名前の通りツンデレキャラしか出てこないツンデレ好きにとっては夢のようなソフト(と先輩の友達は言っていた)
パッケージに描かれていた気の強そうな男達の絵を思い出して思わず遠くを見つめた。
……ん? アレだけ入れてたって言うことはもしかして。


「もしかして、その、嫉妬した?」

「してねぇけど」

「ですよね」


気にしないって言ってたもんな。
あははと恥ずかしさに笑って誤魔化していると、"でも"と灰音が続けた。


「家に帰って色々考えたら、お前のタイプ知らないって気づいた」

「……まぁ、そういう話ししないからな」

「恋人なのに、伸晃のタイプ知らねぇなんてオカシイ」

「そうか? 別に気にしないけど」

「でも伸晃は知ってるだろ? 俺のタイプ」

「まぁな」


綺麗な顔立ちをした幼馴染が頭に浮かぶ。

(灰音のタイプに掠りもしないな。 俺)

苦笑すると、それをどうとったのか灰音は眉間に皺を寄せた。
多分拗ねてるんだと思うが、元が強面な為に迫力抜群過ぎる。


「それで機嫌悪かったのか?」

「だから機嫌悪いんじゃねーって! お前がああゆうの好きなのかと思ったんだよ!」

「……」


俺がツンデレ好きだと?
いや、今はそこが重要じゃない。
ああゆうのが好きなのかと思ったって言ったってことは……。


「ツンデレになろうとしてた、のか?」

「……そーだけど」


若干頬を赤く染めてそっぽを向く灰音に、俺は顔を両手で覆った。
そうだった。 コイツ好きになった人のタイプになりたがる奴だった。
あーと意味のない声を吐く。

(これで全て納得がいった。 けど)


「灰音。 お前のソレはツンデレっていうより……」







ツン全開だ。







「(いや、ツン全開というかキレ全開か) ……なんでもない。 でも俺はそのままの灰音が良いから……気持ちは嬉しかったよ。 ありがとう」

「! 別に、礼言う程のことじゃねーし」

「あ、ツンデレ」




fin.

あとがき

連載作品のアナザーで書くのはどうかとも思ったんですがタイトル見た瞬間『コレだ!』と思ったので参加させて頂きました。
参加させて頂きありがとうございました。



*master*別所蓮歌
*HP*http://m-pe.tv/u/?lovefake

[back]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!