そっと手を繋いでくれた

春。花粉が飛ばなければとてもいい季節だ。
一人でぼーっとしてるのも楽しいし、冬みたいにさみしくもない。
ただ、俺の大嫌いなあるコトを、除けば。

「夏村、そろそろプロフィール出してくんない? 出してないの、お前だけだよ」

4月も終わり、ゴールデンウィークも間近というこの時期。
クラス替えを終えた生徒たちは、徐々に友だちを増やしていた。
だが、溶け込めないやつだって居る。
…そう。俺みたいに。

「ごめん、委員長。俺の分いいから、刷っちゃって」
「は? できねえよ。クラス全員分ないと、教員室のコピー機貸してもらえねえもん。なに、そんなに気合入れて書いてるわけ?」

イヤミとしか受け取れないセリフを履きながらニヤニヤ笑うのは、このクラスの委員長様。
誰からも頼られて、新しいクラスになったとこだってのに、もう委員長に推薦されていた。
どうやったらそんなに友だちできるんだよ。
授業が終わってから一人で寂しく帰ってるのなんて、俺くらいだ。
さて、今日もこれから一人かと思うと、わかってはいたがなんだか悲しくなってきた。

「べつに、気合とかじゃ…」
「そう? まあ、何回も言うようで悪いけど、夏村が出さないと冊子配れないんだ。急いで頼むよ」
「…わかった」

そう言うと、帰り支度を始める委員長。
それをダルダルと見ながら、俺もカバンに教科書をつめていった。
数学の教科書に、若干ぐしゃっとなっているプロフィール用紙を見つけた。
帰ってから書いて、明日にでも持ってこようか…。

「あ…!」

そのとき、なにかの紙切れを見た委員長がそんな声をあげた。

「なに、なんかあった?」
「悪い、夏村。プロフィール用紙、今持ってるか?」
「え…おお、あるけど」
「じゃあ、今すぐ書いてくれ。できれば、あと10分くらいで」
「はあ?」

なんだよ、「急いで頼むよ」って、そんなに急がなくちゃなんねえのか?

「なんで?」
「教員室のコピー機、今日で生徒貸し出し期間終わりだった…。最終下校までにコピーしないと、全額俺負担でコンビニに走ることになる」
「あ…それは、さすがに申し訳ない…」
「だろ? だから、急げ」

言われるがまま、俺はさっき見つけたばかりの手書きプロフィール用紙を机に出した。カバンに教科書を詰め終えた委員長が、俺の前の席に座って、こちらを向く。

「へえ、夏村って下の名前、聖夜っていうんだ」
「あ? うん、そう。夏なのか冬なのかはっきりしろってよく言われる」

ああ、なるほど、と委員長がクスクスと笑う。
この委員長は、俺のイメージしてる「委員長」とは少し違った。
メガネで真面目、おまけに頭もバツグンにいい…みたいなのを想像していたわけだが、実際、このD組の委員長はそんな感じではまったくない。
髪は茶色に染めているし、目立たないように透明なのを選んではいるようだが、ピアス穴も開いている。別にメガネをかけているわけでもないし、まあ成績はそこそこらしいが、英語は俺のほうが断然できる。
それから、よくいる真面目ちゃんと違って、話してても面白いし、なにより委員長がいるだけでクラスの雰囲気がとても気持ちいいものになった。

「夏村さあ、なんでこんな出すの遅かったわけ」

最後に一言!の欄になんて書こうか迷っていると、委員長にそういわれてペンが止まる。

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「書けって言ったら、マジで5分だったじゃん。紙失くしてたわけでもなかったし。なんか理由あった? あ、それとも聞かねえほうがいいか」
「…いや、いいよ別に。たいした理由じゃないし」

プロフィール用紙の端っこを眺めて、指でこすってみる。
委員長は、俺の言葉を待っているみたいだ。

「俺さ、中学んときから友達少ないんだよね。で、中二…だっけかな、のときに…」

あー、バカみたいだと思いながら話す。
風邪で何日か休んで、プロフィール用紙を出し損ねたこと。
それを担任に言って、追加で最後のページに印刷してもらうのを約束したこと。
そして、手元にきた2年5組プロフィール帳に、俺の紹介だけなかったこと。

「それでも、誰も気づかなかった。出席番号飛んでんのにだぜ? まあ、気づいてても言ってくれる友達なんて俺にはいなかったんだけどね」
「……そう、か」
「そそ。だから、別に俺一人出さなくても良くね? って思ってたわけで、」
「よし、じゃあ夏村の紹介はいちばん最初のページな」

委員長が、にっこりと笑って、そう言う。
指を一本立てて…なに、いちばん最初って意味か、それは。

「は?」
「中学2年生って言ったら、多感な時期だもんな。そりゃこんなヒネクレた子にも育っちまうな」
「…委員長、お前それどういう意味…」
「だから、自分だけ忘れられて寂しかったわけだ。他の子は誕生日とか祝い合って楽しそうなのに、自分だけ紹介されてないんだもんな。誰も知らないもんな」
「…は、意味わかんねえ。だれが寂しいんだよ」

委員長が、立ててた指を左右に振る。
その指が「わかってないなあ、お前は」と言う。

「夏村は、友達ができないって思い込んでんだよ。本当は友だちとかいっぱいいるのにさ」
「は…? なに、いきなり何言ってんだよ。友達とか、とりあえず今のクラスではまだ一人も…」
「え、俺は?」
「は?」
「ん?」

いつの間にか、紙の端をこすっていた指が止まっていた。
委員長が、イジワルそうな顔をして笑っている。
その顔に思わずドキっとして、それから顔を背けた。
と同時に、委員長がバンっと机を叩いた。

「あー! ったく、10分で書けっつたろ!? もう20分も経ってんじゃねえかよ!」
「え…あ、ほんとだ、ごめ……って、なんで俺が謝るんだよ! 委員長が長話持ち出したからだろ!」
「あっ、酷いこと言うなよ。俺は、夏村のためを思って言ったんだぞ」
「うっせえ、大きなお世話!」
「てめ…可愛くねえ…」

可愛くなくてけっこう、と言って最後のコメント欄を見る。
まだ、真っ白で何も書いていない。

「『俺はチキンなので、みんないっぱい話しかけてね☆夏なのに冬なのがウリの夏村聖夜♪』とかでいいんじゃないのか?」
「ざけんな、誰がチキンだ」

キっと睨んで、それからちょっと考えて、『反応薄いけど、ちゃんと話聞いてます。一年間よろしく』と書いた。
なるべく、丁寧な字で。

「おー、そうそう。反応薄いってか、無表情だよな、基本」
「はじめから書いときゃ、少しはマシになんだろ。自覚はしてるんだけどなあ…」
「え、チキンってこと?」
「お前しつけえよ、ウザい」

どーぞ、と委員長の前に紙を突き出して、俺は筆記用具をカバンに放り投げた。
委員長はどうせ友だちが待ってるんだろうと、俺は帰ろうと教室のドアへ向かう。

「なに、俺につきあわせといて、勝手に帰るわけ?」

「…誰か待ってんじゃねえの?」
「誰が最終下校まで待つんだよ。彼女か」
「知らねえよ…」
「夏村もひとりだろ? どうせだったら一緒に帰ろうぜ。そんで、コンビニつきあえ」
「……」

カバンを持った委員長が、ドアの横で俺と並ぶ。
俺よりも数センチ背の高い彼と目が合うと、なんだか心臓がむずがゆくなった。

「ん? 帰らねえの?」
「……見下ろしてんじゃねえよ」
「ちょ、なにいきなり。別に普通じゃん。俺のが背高いんだから」
「うるさい」
「はあー? ったく、可愛くねえの」
「だから、可愛くなくてけっこう!」
「でもさあ、」

先に歩き出した俺よりも後ろにいた委員長が、

「そうやって、ストレートな言葉で話してた方がいいと思うぜ。話しやすいし、なにより可愛げがある。そういうの好きだよ、俺」

今日いちばんいい笑顔で、そう言った。

「はっ?……バカじゃねえの、意味わかんねえ」
「チキンの夏村くんには、日本語わかんなかったかな?」
「チキン関係ねえだろ! 日本語くらいわかるわ!!」
「あはは、つっこみどころズレてるー」
「うっさい!!」


それから、2人でコンビニに寄ってコピーをした。
自腹で、っていうのは冗談だったみたいだ。よかった。
ついでにお菓子を買って、食べながら帰った。
誰かと一緒に帰るのは久しぶりだったし、委員長と話していることが、なんだかとても嬉しかった。

俺が、久しぶりに素を見せた相手。
それは、俺のこれからを大きく変えてくれた。
俺が無理やり閉じこもった殻を、土足でバリバリに壊しやがったことは怒ってもいいとこだとは思うが……。
でも、彼が引いてくれた俺の手は、今、新しい自分を掴もうとしていた。

繋いだ手を離して欲しくないと、俺は心の隅っこで願っていた。



end.

*master*高橋つみき
*HP*http://pksp.jp/hukisoku/?o=0

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