校庭に書いた「好き」

大好きな人がいる。
それは、掛け替えがなくて、何にも変えられなくて。
考えてるだけで幸せで、ずっとそばにいたくなって。
それでいて、触れるのがたまに、とても怖くなる。

そんな、大好きな人が
僕には、いる。




2月も中盤にさしかかった今日という日は、とても寒かった。
明日からは、受験の為にクラスの半数以上が登校しなくなるらしく、僕らは大掃除をさせられていた。担任曰わく、「お前ら。心も頭も教室もキレイに整頓されれば、受験なんか怖いものなしだぞ!だから、キレイに美しく、だ!」だそうで。

「頭までキレイにされちゃ、受験落ちちまう気もするけどな」

ほうきをブンっとスイングさせて、ぶっきらぼうに、泰介は言った。

「第一、掃除してるヒマあったら、勉強したい」
「まあまあ…。泰介は、受験ないだろ?」
「俺は、そうだけどさ。望は違うだろ。もう3日前だし…」
「気にしないの。息抜きだよ、学校行ってる時くらいね」

泰介は、父の和菓子屋を継ぐため、高校を出たら修行に励むらしい。
受験だなんだと忙しそうにする僕を見ては、お前は偉いよ、とよく言われる。泰介のが偉いよ、と言えば、俺なんてとちょっと顔を赤らめた。

「そういや、泰介ともお別れなんだね」

窓を閉めながら話す。
教室の人は疎らになっていて、持ち場が終わった生徒から帰っていってるようだ。

「だな〜…。なんだかんだで、3年間も同じクラスだったしな」
「うん。毎年、泰介には驚かされたよ」
「そうか?」
「1年の時、球技大会で相手の骨折ったでしょ」
「ああ、あれな〜。しかも、ドッヂボールで」
「そう、何だこいつって、びっくりしたよ」

鞄を持って、部屋を出ようとする。
と、泰介が、ちょっと待った!と、窓にかけて行った。
しばらく携帯を窓の外に向けて、それから戻ってきた。

「なに?」
「写真。もうすぐ卒業だし、しばらく来ないだろうから」
「ふーん…」

でも、ちょっと気が早くはないのか、と不思議に思いながら、2人で階段を降りた。

帰り道では、いろんな思い出を話した。
化学の授業中、泰介が薬品をバラまいて爆発したこと。
2年の文化祭で、僕が女装をして演劇に出たこと。
泰介が、野球部主将になって、はじめて府大会優勝したこと。
好きになった子が一緒で、ケンカをしたこと。と、2人ともあっさりフられたことも。

話せば話すほど、いろんなコトが目まぐるしくて、目まぐるしくて…。
僕が風邪で寝込んだ日は、プリントを届けに来てくれた。
受験で悩んでると、元気だせ、って、ヘタクソな和菓子を両手いっぱいに持ってきたこともあった。

だから、こいつは世界でいちばん尊敬できるし、世界一、良い奴だった。

…気がつくと、世界でいちばん大好きな人になっていた。






「泰介…。あの、もうすぐ受験始まるんだけど……」

あれから3日後。
ついに、本命大学の受験の日だ。
朝から、けっこう強烈な緊張にみまわれながら、試験会場まで来ていて。さあ、あと30分を切ったか、という時だった。

「わるい…あの、ゼェ…えっ、と…ハァ……。ちょ…、待った……」

息を切らせた泰介が、会場の戸にもたれかかる。
右手には、小さな封筒が握られていた。

「ふぅ…」
「落ち着いた?」
「ああ、悪い。あのな、お守りとかは机に置けないだろうから、コレ」

そう言って、その封筒を渡された。
中には、どこにでもありそうな、でもとても使いやすそうな消しゴムが入っていた。

「応援してるから!ほんとは和菓子持ってくる予定で、昨日作ってたんだけどな。その…遅くまでしてたら、…寝坊して、その封筒持ったら……」
「和菓子は忘れちゃった、と」
「すまん…」
「ふふ…。いいよ、気持ちだけで十分。終わったら、食べに寄っていい?」

そう笑うと、泰介の顔が輝いた。
その不意打ちに、思わずドキッとした。

「じゃ、頑張れよ!最高に美味い和菓子作って待ってっからな!!」
「うん。ありがとう、泰介…」

席に戻っても、泰介の最後の笑顔が目の裏に焼き付いて離れない。
ああ…今ので、だいぶ数式飛んだな…。
ダメだ、集中、集中…!
ふと、封筒の裏に走り書きで『二個目の封筒は、終わってから!』と書いてあることに気付いた。が、5分前になり、試験官が入ってきたので慌てて封筒を、前に置いた鞄に入れた。

さあ、泰介も応援してくれてるんだ!
集中、集中…集中!




チャイムの音が教室中に響いて、僕はシャーペンを置いた。
手応えは、そこそこ。
あとは、もう運しかない…と思う。

鞄を取りに行って、マフラーを取り出すとき、さっきの封筒のメッセージを思い出した。
会場を出ながら、封筒の中に更に入っていた封筒を取り出す。

「………っ!!」

中は写真だった。
おそらく、このあいだ撮っていた、校庭の写真だ。
3年間通って、見慣れた校庭には、白いペンでこう書いてあった。


《受験おつかれさま》
《学校離れても、俺はずっと望といたいよ》
《望、大好きだ!》


思わずにやける口元をマフラーで隠して、写真をそっと封筒に戻した。

終わった。今から向かいます、とメールをして、寒空に浮かんだ薄い月を見上げた。
バスはまだ来ない。

どうしようもなく嬉しくなって、また、マフラーをよけい強く首に巻いた。


《あとがき》
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。卒業は、楽しいような寂しいようなですね。ひとりでも多くの方に気に入っていただければ幸いです。



*master*高橋つみき
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