手をつないで

額に張り付く前髪を引っぺがし、その手に持ったうちわで首元を扇ぐ。杖を握るもう片方の手のひらもじんわりと汗をかいていた。
 まだ初夏なのに異常に暑い。温暖化が原因なのだろうかとか考えてみてすぐにやめた。今は地球の心配をする余裕など持っていない。
 照りつける太陽を睨みながら、「斎藤よ早く来い! いや、やっぱりまだ来るな!」と矛盾した叫びを心の中で繰り返す。

 斎藤は俺の中学校からの親友だ。何がきっかけで仲良くなったのかはまったく覚えてないけど、気付けばいつも一緒にいた。卒業しても高校が同じで、しかもクラスまで一緒だった。
 そしてこれも何がきっかけかはまったく覚えてないけれど、気付いた時には俺はもう斎藤が好きだった。

 伝えようか伝えまいか悩みに悩んで数年。
 そして今日、この馬鹿みたいに暑い日に、俺はようやく斎藤に告白する。そうすることに昨日決めた。


「航、ごめん! 委員会が長引いた!」

 委員の集まりが終わったらしく、斎藤が玄関からこちらに走ってきた。
 その姿を目に一気に緊張が高まり、体中の血液が暴れ出して脈が乱れる。

「お、お疲れー」
「おう! じゃ、帰るか!」
「その前に、俺、話したいことがあんだけどさー」
「ん? 歩きながら聞くよ」

 斎藤は上ずった俺の声にも気付いていないようで、いつもの笑顔ですっと片手を差し出してきた。
 俺はそれ以上何も言えず、右手に持ったうちわを鞄の中にしまうと、その手のひらで差し出された斎藤の手を握った。
 左手に握る杖と斎藤の手に支えられて、ゆっくりと歩みを進める。

 俺は生まれつき片足に軽い障害があり、上手く歩くことが出来ない。
 杖に頼ればひとりで歩くことも十分できるのだが、斎藤は俺のことを気遣っていつも反対側の手を握っていてくれた。
 もしかしたら、そういう優しい所に俺はひかれていったのかもしれない。



「そんで、話したいことって?」

 歩き始めて少ししてから斎藤からそう話を振ってきた。
 いよいよこの時がきたか、と緊張して繋いだ手に力がこもる。そこはどちらのものかわからない汗でじんわりと湿っていた。
 覚悟を決めて口を開こうとしたが、ふとした不安にそれをとめた。
 もし俺が告白して、男を好きになるなんて気持ち悪いと斎藤に思われたら、この右手はどうなるのだろう。
 もう一生斎藤は握ってくれないだろうか。
 そんなの嫌だ、と。俺の中の弱い部分が叫び声をあげる。
 夏は始まったばかりなんだ。放課後は一緒にアイスでも食べに行くかもしれない。夏休みには花火大会やお祭りに行くかもしれない。プールにも行くかもしれない。
 楽しいことがたくさんある。でも、もしここで斎藤に嫌われてしまったら、彼が右手を引いてくれないのなら、そのどれもが楽しいものではなくなってしまう。

 急に恐くなった。
 隣にいるのが当たり前になりすぎて、いなくなった時を考えるのが恐ろしい。



「航?」

 急に表情を暗くした俺を心配して、斎藤が不安げに声をかけてくる。
 慌てて俺は笑顔をつくり、なんでもないと首を振った。


「……いつもありがとうな、斎藤」
「急に何? 言いたかったことってそれ?」
「え、あぁ……うん。俺なんかのこと気遣ってくれるし、こうやって手繋いでくれるし、いつもすごく助けられてる。ありがとう」

 本当に伝えたかった言葉は、心の奥にしまいこんだ。


「……照れるな」
「へへっ、照れろ照れろ!」
「……でも、“俺なんか”なんて言っちゃだめだ。航を卑下する奴は、それがたとえ航でも許さない。航は俺の大切な友達なんだから。あと、俺は自分が航のそばにいたいと思ってそうしてるだけだから、お前がそんなに気負う必要はないよ。……手を繋ぐのだって、俺が繋ぎたいからそうしてるんだ」

 あぁ、もう。斎藤ってなんていい奴なんだろう。
 俺が罪悪感を感じないようにここまで言ってくれて、嬉しいけど逆に恥ずかしい。
 ずっと親友でいよう。できれば恋人がいいけれど、贅沢言うよりできるだけ長く一緒にいたい。


「……航、」
「なに?」
「俺が今言ったことの意味、わかってる?」
「わかってるよ。俺に“気にするな”って言ってくれたんだろ。ありがとう」
「……そうじゃなくて。 俺はお前が好きだってことだよ、航」

「…………はい?」


 訳がわからず、立ち止まり斎藤の手を離してしまう。
 好きって?好きって言ったよな?聞き間違いじゃなければ確かにそう言ったはず。


「……やっぱり、男同士とか気持ち悪い…よな」
「ち、違う! そうじゃなくて! 俺も斎藤が好きだ! 何かもうわけわかんない!」

 思ったままを口にすると、俯いていた斎藤ががばりと顔を上げた。

「本当!? えぇ、夢じゃないよね?航が俺のこと好きなんて信じられない!」
「いやいや、それは俺の台詞だから。えっと、じゃあ、これからもよろしくお願いします」

 ふかぶかと互いに頭を下げあう。
 本当、信じられないというのは俺が言うべき言葉だ。まだ信じ切れてない。今「夢でしたー」なんて言われたら絶対信じてしまう。


「と、とりあえず、」

 ごほんとひとつ咳払いをした後に、斎藤が言葉を続ける。


「手を繋ぐ所から始めましょう」

 さきほど離してしまった手をもう一度差し出されれた。
 おそるおそるその手を握る。汗ばんだ接触面から伝わってくる体温が、これが夢ではないと教えてくれた。



END



*master*絢真
*HP*http://nanos.jp/mellowboy/page/2

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